苦爪楽髪? 楽髪苦爪?

苦爪楽髪、という言葉がある。
苦しいときは爪が伸びやすく、楽しいときは紙が伸びるのが早い、という意味で使っていた。

今のあたしの状態がこれである。

爪の伸びが遅いのだ。

ふと気づくとちょっとだけ伸びていて、

「あれ、切ったのいつだったっけ?」となる。

じゃあ逆に髪の毛は伸びるの早いのか、と聞かれても残念ながらそれは自覚できない。

以前より早く伸びているかもしれないが、実はあたしはくりっくりになる天パの持ち主なので、伸びるそばから巻いていく。

なのでわからないのだ。

ただ、爪だけは明らかに違う。

現状で3週間は切っていない。

自身の変化が現れたタイミングは、大好きなダーリンを亡くしたころ。

ってことは何か? あたしはダーリンの自宅介護が苦しかったってことか?

いや、そんなはずはない。だって、右半身全廃、失語のダーリンを、主治医の説得振り切って家に連れ帰ったのは紛れもない自分なんだし、自宅介護の6年半、我が家は笑いに満ちていたのだから。

不便はあったけど、それが苦しいなんて感じたことは、一度もない。

じゃあ、先人の言葉が間違っているということか? そうとも思いたくないのだが。

で、この言葉の意味を調べてみると、なんだか腑に落ちた。

あたしが認識していたのは苦爪楽髪、という言葉のみ。島崎藤村の小説の中に出てきたのもこれかと思っていた。が、藤村が使っていたのはこれとは逆の、楽髪苦爪という言葉だった。もちろん意味は逆で、苦労しているときは髪が伸びやすく、楽をしているときは爪が伸びやすいとされる。ようするにどちらもありえるということなのだ。ちなみに類義語として「楽爪苦髪」「楽髪苦爪」「苦髭楽爪」なんてのもあるらしい。…ひげ?笑

いいかげん? いやいや違う。それだけ日々の生活と自身の変化をいかにリンクさせていたか、ということなんだ。人の暮らしの中で感じられる「髪と爪の伸び方」を苦楽にたとえた生活、の表現ってことね。

単にカルシウム不足だったのでは? なんて夢のないことはこの際排除して、改めて日本人の生活に密着した観察眼に敬服してしまうのである。

観察、大事よ。第一段階としては、だけどね。

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