いい人であること、自分であること

いい人でいようとすると、
ちょっとだけ無理をする。

ほんのちょっとだけね。

断りたいときに、
まあいっか、って受けてみたり。

距離を取りたいんだけど、
少しだけ近づいてみたり。

その場では、うまくいく。
波風も立たない。

でもね、あとからじわじわ来るのよ。

ボディブロー。

なんか、疲れる。
なんか、引っかかる。

あれ? って思う。

いい人であることと、
自分であることって、
同じ方向に見えて、
ちょっと違うのかもな、って。

いい人でいようとすると、
どうしても外を見る。

これで大丈夫かな、とか。
変に思われてないかな、とか。

相手の中にある“正解”を探しにいく感じ。

でも、自分でいようとすると、
少しだけ内側に戻る。

あたし、今どう感じてる?
ここまでなら大丈夫?

そんなことを、静かに見る。

どっちがいい悪いじゃないんだけどね。

ただ、外に合わせ続けると、
どこかが固くなる。

これ、体の在り方と似てるなって思った。

意識していないところに、
力が入り続けている。

見えていないから、
抜けない。

人との関係も、
同じなのかもしれないね(しみじみ)。

優しさって、
自分を差し出すことじゃない。

無理して受け入れることでもない。

自分が大事にしてるものを、
ちゃんと大事に扱うこと。

そのために、
距離を変えること。

それも、優しさなんだと思う。

人って、つい
「選ばれる側」に立ちたいと思いがちだけど、

ほんとは、いつでも選ぶ側でいい。

誰を近くに置くか。
どこまで関わるか。

それ、自分で決めていい。

ちょっと距離を変えるだけで、
思ってたより静かになる。

その静けさの中で、
「ああ、これ大事だったんだな」って、
少しずつ見えてくるんだよね。

それでいいのかもしれないな。

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