情報空間って何? どこにあるの?
「情報空間」と聞いて、どんなものを思い浮かべますか?
インターネット?
データ?
コンピューターの中?
そういうものを思い浮かべる人も多いと思います。
たしかに、それも情報空間の一部と言えるかもしれません。
でも、ここでいう情報空間はもっと広いものです。たとえば、
記憶。
思考。
イメージ。
感情。
意味。
人との関係。
約束。
肩書。
ゴール。
どれも手で触ることはできません。
でも、私たちの気分や行動、選ぶものや判断に大きな影響を与えています。
では、情報空間は「どこか」にあるのでしょうか。
私は、物理空間とは別の場所に浮かんでいるものだとは考えていません。
目の前の物理的な世界と重なりながら、意味や関係や思考としていつもそこにある。
そんなふうに捉えています。
物事は、情報から始まっている?
料理を作るなら、まず「何を作ろう」があります。
レシピがあって、材料をそろえて、ようやく料理になる。
家も同じです。いきなり木材を積み始めるわけではありません。
こんな家にしたい。ここに窓をつけたい。部屋はこのくらい。
そんなイメージがあって、設計図になって、
やがて本物の家が建ちます。
つまり、
物として現れるより先に、情報がある。
料理も。家も。このサイトだって、そうです。
形になる前には、まず「こうしたい」がある。
そう考えてみると、私たちが普段「現実」と呼んでいるものの
少し手前に、たくさんの情報があることが見えてきます。
人と人との「縁」も情報なの?
人と人とのつながりには、形がありません。
親子。
友人。
先生と生徒。
昔の知り合い。
「この人とは、こういう関係」
その関係そのものを、手で持つことはできません。
でも、その情報があるだけで、かける言葉も、
距離の取り方も、行動も変わります。
昨日まで知らなかった人が、
今日から大切な人になることもある。
すると、同じ相手なのに、
世界の中での意味が変わります。
縁は見えない。
でも、確かに人を動かしている。
そう考えると、人とのつながりもまた、
情報空間の一部として見えてきます。
思考も情報空間にあるの?
頭の中で考えていることにも、形はありません。
今日の予定。
昔の記憶。
誰かへのモヤモヤ。
まだ起きていない未来の想像。
どれも、机の上に置くことはできません。
でも、それだけで
気分が変わったり、
体がこわばったり、
予定を変えたり、
何かを始めたりします。
つまり、
思考は見えないけれど、
現実の行動にはしっかり影響している。
「まだ何も起きていないのに、考えただけで動き始める」
そんなことが、私たちの中では毎日起きています。
そう考えると、思考もまた、
情報空間の中にあるものとして
扱うことができるのだと思うのです。
この世界のほとんどは情報空間?
目に見えるものだけを見ると、世界は物でできているように思えます。家。車。机。人の体。でも、その背景にはいつも、たくさんの情報があります。設計図。ルール。意味。関係。記憶。価値。ゴール。私は、この世界を物理空間はほんの一部。そのほとんどは情報空間。そんなふうに捉えています。感覚的に表すなら、情報空間97%、物理空間3%。もちろん、これは物理学的な測定値ではありません。「見えているものだけが世界じゃない」それを考えるための、ひとつの見取り図です。目に見える3%の手前には、見えない97%がある。そう考えると、現実の見え方が少し変わってきます。
じゃあ、情報が変わると現実も変わる?
レシピが変われば、できあがる料理は変わります。
設計図が変われば、建つ家も変わります。
人との関係の捉え方が変われば、かける言葉や行動も変わり、
ゴールが変われば、目に入る情報や選ぶものも変わっていきます。つまり、
情報が変わると、その先に現れるものも変わっていく。
ここで言いたいのは、考えただけで何でも現実になる、
という話ではありません。
現実になる前には、たいてい何かしらの情報があります。
だから、物理的な結果だけを見るのではなく、
その手前に、どんな情報があるのか。
そこを見てみる。
情報空間を考える面白さは、たぶん、そのあたりにあります。
結局スピリチュアルな話なの?
そう見える部分は、たぶんあるかも…ですね。
目に見えない。形がない。でも、人や現実に影響している。
そう聞くと、スピリチュアルな話に感じるかもしれません。
ただ、この研究室で扱いたいのは、
信じるか、信じないか
ではありません。
情報には形がなくても、言葉や記憶や関係性のように、
私たちは毎日その影響を受けています。
だから、「目に見えないから不思議なもの」と決めるのでもなく、「目に見えないから存在しない」と切り捨てるのでもなく、
まず、どう働いているのかを見てみる。
情報空間は、世界のあらゆる出来事や意味のつながりを、
ひとつの構造として捉えるための必要不可欠な視点です。
