北見のハッカ、スズメバチには勝った。でも人間も死んだ
「お母さん、ちょっと二階のトイレに来て」
長男が、やけに落ち着いた声で言ってきた。
この時点で、私は少し安心していた。
なぜなら、我が家において「虫案件」のときの長男は、もっと違う声を出すからだ。
半分裏返ったような、緊急地震速報みたいな声になる。
つまり今回は違う。
じゃあ何だ?
トイレでも壊れた?
水漏れ?
換気扇?
そんなことを考えながら二階へ向かった。
そして見た。
ぶぶぶぶぶぶぶ。
二階のトイレの換気扇から、明らかにヤバい羽音がしている。
我が家のトイレの換気扇は、15cm四方くらいの小さいタイプ。
カバーにはストライプ状の細い隙間が入っている。
その、換気扇の羽根部分とカバーの間で、何かが暴れていた。
時折、隙間から足が見える。
羽が見える。
黒と黄色が見える。
……スズメバチだ。
しかも大きい。
幸い、カバーの隙間が狭いため、こちら側には出てこられないらしい。
しかし向こうも必死だ。
ぶぶぶぶぶぶぶ!!!!
ものすごい勢いで暴れている。
これは、まずい。
もし出てきたら困る。
しかし、我が家には殺虫剤がない。
あるのは凍らせるタイプのスプレーだけ。
長男が隙間から何度か噴射してみる。
……が、暴れるばかりで全然弱らない。
カバーが邪魔で、うまく届いていないのだろう。
むう。
これは薬局へ走って、蜂用スプレーを買うべきか?
そう思った瞬間、私は思い出した。
――まだ、あれがある。
持ってきたのは、北見のハッカスプレー。
北海道民には妙に馴染み深い、あの強烈なやつだ。
我が家では、洗濯のすすぎに入れたり、虫よけに使ったり、なんだかんだ常備している。
これを吹きかけたら、あるいは……?
シュッ。
ぶぶぶぶぶ。
シュッシュッ。
ぶ……ぶ……
おお。
効いてる。
明らかに動きが鈍くなってきた。
さすが北見のハッカ。
北海道の伝統。
伊達じゃない。
そして数分後。
キラービーは、完全に沈黙した。
隙間からはみ出していた足を触っても、もうピクリとも動かない。
勝った。
北海道の伝統が、スズメバチに、勝ったのだ。
戦いを終えた長男は、椅子を持ってきて換気扇を覗き込んだ。
「う……」
と、声にならない声を漏らしている。
グロかったのだろう。
弱虫め。
そう思いながら、長男に促され、私も椅子に乗って換気扇へ顔を近づけた。
その瞬間。
ぐおっ!!
目、目が……!!
目がああああ!!!
そう。
北見のハッカは強力だった。
スズメバチはもちろん、人間も寄せ付けない。
鼻も痛い。
目も痛い。
換気扇周辺は、完全なるハッカ地獄と化していた。
結局、私と長男はそっと椅子を片付け、トイレのドアを閉めた。
そして、
「今日はもう封印しよう」
という結論に達したのである。
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