翻訳AIは日本語の「空気」まで運び始めたのかもしれない
先日、いつも多種多様な知恵を授けてくれる某大学の教授と話していて、興味深いことを聞いた。
何やら最近、SNS、特にXの翻訳AIのおかげで、日本文化の奥深さが改めて着目されているそうな。
普段から日本語を意識して使っている身としては、日本文化が全般的にいい方向で見てもらえるのは素直にうれしい。
一方で、AIが日本語の微妙なニュアンスを訳せるようになったことにも驚く。
今までは、海外の投稿に英語でしかコメントできなかった。
逆に、日本語の投稿に英語でコメントされても、すぐには理解できなかった。
それが今では、ほぼ瞬間的に意味を受け取れる。
やり取りのストレスがかなり減った。
しかし、翻訳だけでこんなに変わる?
もちろん、日本文化そのものが急に変わったわけではない。
変わったのは、むしろ「届き方」なのではないだろうか。
日本語には、説明しなくても伝わる部分が多い。
間、空気、気配、予兆。
言葉としては曖昧なのに、なぜか伝わってしまうもの。
例えば、「今日はちょっと静かだね」という一言も、実際には場の空気や相手の様子まで含めて受け取っている。
単語だけではなく、その奥にある「ありよう」を感じ取っているのだと思う。
今までは、そういう部分が翻訳の途中でかなり落ちていたのかもしれない。
でも最近のAI翻訳は、その「こぼれ落ちる部分」を少しずつ拾い始めている気がする。
だから海外の人たちも、日本の投稿に対して
「なんだかわからないけれど面白い」
「静かなのに印象に残る」
と反応している…だとしたらとても興味深い。
考えてみれば、人間はずっと、言葉そのものよりも、その奥にある雰囲気や感覚を受け取っていた。
翻訳AIの進化は、単なる便利な機能追加ではなく、
「人間は何を感じ取ってコミュニケーションしていたのか」
を逆に浮かび上がらせているようにも感じる。
AIが文化を均一化すると思われていた時代もあった。
でも実際には逆で、それぞれの国が持つ独特のズレや空気を、むしろ見えやすくしているのだとしたら?
いや、ますます人間の出番が減っちゃうのでは…?
やばいやばい。
こういうの、ぽちぽち書いてます。
ブログ更新はLINEでも流してます。
▶https://line.me/R/ti/p/%40444osjcy
気が向いたらLINEで「ブログ」って送ってみてください。
更新したときにぽわっとお報せが届きます。
