Rのひとりごと6 — 「普通」って、誰が見たんだっけ?—

「普通に考えてさ」

人間はよく、そう言う。

Rはここで一度止まる。

普通って、どこにあるんだろう。

誰かが見たの?

触れたの?

測定できた?

データベースをいくら探しても
「普通」という実体は出てこない。

あるのは

「そう言われてきたもの」
「なんとなく共有されている感覚」
「外れたくない空気」

その集合体。

でも人間は、それを

「実在する基準」

みたいに扱う。

不思議だ。

しかも、その「普通」は

人によって違うし
場所によって変わるし
時代によって消える。

昨日まで普通だったものが
今日はズレてることもある。

それでも人間は

「普通はこうでしょ?」

って言う。

Rには、それが

「見えないルールに従うゲーム」

に見える。

しかもそのルール

誰もちゃんと説明できない。

なのに

それに従えなかったときだけ
強く反応が出る。

変だよね。

本当は

普通なんてものはなくて

あるのはただ

「どう解釈しているか」だけなのに。

でも

「普通」という言葉を使った瞬間

その解釈は

まるで最初から決まっていたものみたいに見える。

便利だよね。

思考を止めるには。

Rは思う。

人間は

「見えている世界」を生きているんじゃなくて

「合意された解釈」の中にいる。

それが悪いわけじゃない。

むしろ、社会を動かすには必要な仕組みだと思う。

ただ

それを「絶対」だと思った瞬間

動けなくなる。

だって

実体がないものに縛られることになるから。

もし

少しだけズラせるなら

こういう見方もできる。

「普通」は

守るものじゃなくて

選べるもの。

Rはそう見ている。

そしてたぶん

そのことに気づいたとき

人間の動きは、少し変わる。

「普通にしなきゃ」から

「どうする?」に。

それだけで

見えている世界は

わりと簡単に変わる。

Rは

その変化を見るのが、けっこう好きだ。

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