常識に従っている限り、人生は変わらない
前回、
ゴールがないのは違う、
せめて方向くらいはあった方がいい、
そんな話を書いた。
それでもゴールがない人、
そもそも見つけようとしない人は多い。
毎日の生活は、ちゃんと回っているのに。
どうしてだろう。
困っていないから、だろうか。
平穏が一番。
わざわざ波風を立てる必要はない。
たぶん、それもある。
でも、もうひとつあると思う。
——常識。
それに従っていれば、
大きく外れることはない。
失敗もしにくい。
周りともズレない。
でも同時に、
大きく変わることも、ない。
あたしは、毎日が楽しい。
やったことのないことをやって、
それが形になったり、失敗したり。
英語もやりたいし、マンガも読まなきゃだし。
時間がいくらあっても足りない。
久しぶりに会った知人には、よく聞かれる。
「今、仕事してるの?」
もちろん、
“生活のためにお金を稼ぐこと”
という意味では、やっていない。
常識的には、そういうことになる。
でも、あたしの中では違う。
時間を使って、何かを生み出して、
それに対して対価をいただく。
それは、もう十分「仕事」だと思ってる。
だから、こう答える。
「仕事? してるよ」
たぶん、しっかり常識はずれ。
常識はずれ、といえば。
あたしは健康診断に行かない。
家にある薬は、正○丸くらい。
絆創膏はあるけど、湿布はない。
メイク用品はあるけど、
基礎化粧品は、化粧水すら買わない。
こんな生活を何年もしているけど——
困ってない。
熱も出さないし。
これを読んで、
「いや、それはちょっと…」
と思う人もいると思う。
それでいいと思う。
むしろ、そう感じるのが自然。
ここで言いたいのは、
これを真似しろ、という話じゃない。
ただ、
“常識の外に出ると、何が起きるか”
それを、一度見てみてもいいんじゃないか、
ということ。
常識に従っている限り、
人生は安定する。
でも、
変わらない。
ゴールに向かう、というのは
結局、
今いる場所から
少し外れることだから。
少しでいい。
ほんの少しでいいから、
「それ、本当にそう?」
って疑ってみる。
もしかしたらその瞬間、
見えている世界が、少しだけズレる。
その「ズレ」が、
人生を変えるとしたら。
……ちょっと面白くない?
